アメリカのシンゴジラ

アメリカでシンゴジラが公開されました、さてアメリカでの反応は?みたいな記事を見た。その記事では概ね高評価みたいな話だった。

 

娯楽作品、いや文化と言おうか。最上位の文化を咀嚼するには素養が必要となる。シンゴジラを100%楽しみきるためには、日本に暮らし、日本を体験している必要がある。

 

素養と言っても別にヘドラとか平成ガメラ見てないとシンゴジラが楽しめないということではなくて、むしろ映画を全く見たことがない人が初めて見たのがシンゴジラで、そこに通じるものを感じることもあるであろう。そういう素養ではなくて、しかし日本人ではある必要があるのだと思う。

 

シンゴジラの逆でいうと、クリント・イーストウッドの「許されざる者」とかがわかりやすいかもしれない。あれは、アメリカ人じゃないと100%の魅力はわからないんじゃないかと思う。西部開拓時代を描いた西部劇の100%は、日本人には文化的に理解しきれないだろう。「許されざる者」は西部劇というジャンルにおいて語らずにはいられないものだと思うし。

 

素養というと、まるで映画を100本見てからじゃないと映画について語れないかのように聞こえるかもしれないが、そうではないが、そうかもしれない。100本見ないと必ず語れないのではなく、1本も見てないのに語れる奴も居るかもしれないし、100本見ても語れない奴もいるだろう。そっちは素養じゃなくて素質だな。

 

素養×素質が一定値に達した場合に、楽しみ得る。

 

日本という国を一切知らない、世界地図で日本を指差せない人にシンゴジラがわかるのか、という延長線上にアメリカにおけるシンゴジラ、日本における許されざる者があるのだと思う。共通認識とかがあったほうが刺さりやすい。

 

そもそも作品を味わってる個人にとって、感情や感動全てを作品から受け取っているのではなく、自分の記憶をその作品というハンマーがガンガンぶっ叩くことで、感情や感動が生まれているのだから。