この世界の片隅にとセックス

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インタビューの中で、すず役の能年玲奈が心情についてわかりにくかったところが、水原哲との一夜で何故そのような展開になるのか?ということらしい。

 

俺はどっちかというと、原作と変えてるところでいうと、北条の家に落ちた焼夷弾を処理する下りのところが、原作だと「家を守っててくれ」がフラッシュバックするんだけど、たしか映画だとそのフラッシュバックがなかったから、いきなり叫んでふとんに突進するところが、心情を色々と想像してしまって迷ったが。

 

俺は、水原哲とすずの一夜の流れは、あの時代がそうさせたものだと思う。

 

水原哲は、死に遅れたと自嘲している海兵だ。戦争末期の兵隊とは、もはや特攻隊同然で、いかにお国のために死ぬかという立ち位置にいたものだと想像できる。

 

ある種の特別扱いというか、死ぬ前の、何か食べたいものとか、想い人とか、思い残す事のないようにとのはからいによる休暇なんじゃないかと思う。

 

彼自身、それを自嘲めいて受け入れ、想い人のすずに会いに行った。すずが結婚してるのは知ってるし、すずと一夜を共に出来るとまでは思わなかっただろう。だが、最期に会っておきたいから会いに行った。実家のある広島から、呉までわざわざ出向いてまで。

 

周作は、屈託ない笑顔や冗談を言い合う2人を見て嫉妬したことは明らかだが、嫉妬しただけですずと水原を納屋で一晩過ごすようにしたのではない。これから死に行く水原に対しては、そういう特別扱いをしなければならない空気感が有ったんじゃないか。町内で兵隊の出征におめでとうと言わなきゃいけない強制や、春美の死を悲しむことさえ出来ないような、戦争のために尽くさねばならない空気感が。

 

しかし、すずは、こういう日を待っていたかもしれないが、水原の気持ちには答えられないという。こういう日とは何か。

 

結婚したいと、会ったこともない(記憶になかった)相手からいきなり言われて嫁いできたすずにとって、昔からの幼馴染で、もし水原が結婚したいと申し出てくれれば望んで受け入れたであろう相手、結婚が先ではなく、きちんと好きになってくれてから求めてくれる相手。母親が足を悪くして世話する人間が必要だと、急遽嫁を探したなどと暗に言われたような相手ではなく、きちんと自分自身を求めてくれる相手。

 

だが、情が湧いたというか、周作のことを好きになっていたすずは、その気持ちに答えられないと水原を拒む。

 

それに対して水原は、お前が普通で安心した、普通でおってくれと笑う。普通じゃない兵隊さん扱いに半ば自分も甘えていたというか、なるようになれとすずを抱こうとしたが、きちんと拒まれて、そうだよなと安心したのだ。自分はこれから死ぬから無理を聞いてもらえる兵隊さんではなく、きちんと普通に好きだと伝え、夫がいるからと断られたのだと安心したのだ。

 

すずが拒まなければ当然水原はすずを抱いていただろう。だが、断られたから抱かなかった。普通のことだ。

 

という風に思った。