空白雑記

暇つぶし

多様性という癌に蝕まれていく人類株式会社

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「芸術において多様性を考慮したことは私は一度もない。クオリティだけだ。それ以外は間違った行為だと私は思う」

「芸術家、クリエイティブな人間として最も重要なのは、性別や肌の色、志向に関わらずみんなが確実に同じチャンスを与えられることだ。現在そういう人たちは非常に過小評価されている。それはアートの世界だけではない」「ゲームに参加できなければ勝つことはできない」

このスティーブンキングの発言に、俺はまったくもって賛同する。これに対し

「ファンとして、あなたのこういう発言を読むのはつらい。あなたの意見は、多様性とクオリティが同じ意味にならないと示唆している。多様性とクオリティは別物ではない。クオリティの高いものはどこにでもある。でも大抵の分野において、ある1つの層の人しかクオリティの高いものは生み出せないと思われている。あなたも同じ」

 

これは、多様性のあるもの(ブスのアジア人がラブコメしたり黒人が頑張ったり)が無い作品はクオリティが高くても認めないという「多様性原理主義」であり、多様性を義務化し、それを守らない作品を徹底的に差別するKKKだろ。地獄だ

 

何が地獄って、こんな的外れな恐ろしい狂った反論にも賛同がつき、影響力を行使することだ。スティーブン・キングがちょっとミスったレスをしたらこいつらは大喜びでスティーブン・キングを縛り上げ、火炙りにして、さらに死体に石を投げるだろう。これがインターネット後の地獄そのものだ。

 

インターネットのせいで、本当なら田舎とかアイダホの牧場でウキウキいってたやつが社会に参加し始めて、人類は滅亡の危機の始まりにいると思う。会社で例えると、勝ち抜いた選び抜かれた経営陣も、下っ端のアルバイトも、全員が同じ一票で投票して人類株式会社の経営方針を決める事態。そんな会社はどうなる?滅ぶに決まってんだろ。

 

俺が言いたいのは人類はすごく出来に差があるから、100点満点で10-100点くらい差があって、しかも点数高いほどレアで、全体平均取ると30点になるから、40点無いやつには生存権以外の発言権とか要らないし、70点以上に人類株式会社を経営させろって話。「今まで70点平均の人間」に運用されてた人類は「30点平均」の運用になり、滅ぼうとしている。

 

民主主義はあくまで理想論だった。というか、昔の人が思いついた瞬間に完璧なものなんてあるわけないし、民主主義も運用する人達や時代によって改善していかないといけないんだ。でも、民主主義は現在「30点の猿が核兵器のボタンを磨くための理屈」になろうとしている。俺はそんなのは嫌だ。

 

それを具体的に実現するには、納税額1万円につき一票とかかな。資本主主義とでも言おうか。語呂が悪いな。金主主義でいいよ。

 

過去の民主主義は擬似相関とはいえ、そうなっていた。猿は田舎で勝手に生き、勝手に死んでいた。インターネットが猿にまで核兵器のボタン磨き係に立候補する権利を与えてしまった。それは発信権だ。

 

ちょび髭のおじさんが発信権一つで世界を巻き込んだように、発信権は恐ろしい権利だ。それをインターネットは全人類にばらまいた。それをもっと重く受け止めて対策を考えるべきだろう。さもないと人類は滅ぶ。

 

人間の点数俺はだいたい測れるけど、その測定とかいいだしたらシステムがすぐ腐るだろうからわかりやすく納税額でいい。ここは資本主義社会だし。無限のエネルギーが現れて人類が宇宙という最後の開拓地に向かう時は開拓主義社会になるだろうし、大帝ルドルフが銀河帝国を建国すればきちんと帝国主義になるでしょうから。

 

何も頑張ってない猿の投票と、何か死ぬほどの結果を出して国家に貢献した(納税は貢献とみなす)人間の投票を同じようにしてはいけない、そんな地獄がくるなんて、インターネット以前は誰も思っていなかったから、衆愚政治だとかジョークで笑えたんだよ。これが本物の衆愚政治だ。笑えない

 

民主主義というのは、「民」が「きちんとした知識を学び正しい判断をする」という前提があった。全人類はそうはならない。「民」が「何らかの、機会差別のない条件における一定より上の者」であるならば民主主義はうまく回る。インターネット以前までは、今よりはまだそうだった。